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松岡哲也は3人兄弟の次男として育ちました。兄と弟とはかなり歳が離れているため、子供の頃からあまり喧嘩をした記憶はありません。これは兄弟のいる友人に話すといつも驚かれるそうです。

兄は子供の頃からしっかり者で、一緒に遊ぶというよりも共働きの両親の代わりに良く面倒を見てもらっていた印象が強く、そのため彼自身も自然と弟の面倒を見るようになりました。弟はおとなしい兄達とは対象的にかなりやんちゃで行動的だったため、目を離すとすぐにどこかへ行ってしまう事があり、外で遊ぶときはいつも大変な思いをしていました。

松岡哲也の実家は祖父の代から続く生花店を営んでいます。店舗で花を売るだけでなく造園の仕事もしており、父親はそちらの仕事が主なのであまり店に出ることはありません。店の方は母と従業員、そして学生のうちは兄がアルバイトとして手伝っていました。松岡哲也も高校生になってからは時折手伝うようになりましたが、実際に花屋の仕事をしてみると、昔から女の子の憧れの職業とされる「お花屋さん」は、実はかなり重労働であまり女性には向かないのではないかと思うようになりました。

花を長持ちさせるため、基本的に冬場も店内は暖房を入れません。水を使う作業も多いので松岡哲也の母親はいつも手が荒れているそうです。花の入ったバケツを運んだり、花を配達したりするのも大変な力仕事なので、むしろ男性の方が花屋には向いていると言います。また、時折会社のエントランスやお店のショーウィンドウで高さが1メートル以上ある大きな花瓶に花を活ける事もありますが、そのような仕事は父親が担当しています。何度か一緒に現場に行ったこともありますが、これは女性には大変な仕事だと感じました。一度花を活け終わったとき、ショーウィンドウが面した通りの前に居た若者たちが拍手をしてくれた事があり、その時普段はあまり表情の変わらない父親が照れくさそうで、それが今でも印象に残っているそうです。

松岡哲也が花屋を手伝うようになったのはお小遣い稼ぎのためでした。通っていた高校がアルバイト禁止だったので、仕方なく唯一許可されていた家業の手伝いを選んだのです。友人たちは学校に隠れて普通にアルバイトをしていたのですが、真面目な松岡哲也はそれができませんでした。ですがその手伝いは、自由にアルバイトができる大学生になった今でも続いています。いつの間にか花屋の仕事が奥深く、楽しく感じられるようになった事と、当然家業を継ぐものと思っていた兄が、公務員になってしまったためです。

もしかすると自分が店を継ぐことになるのかもしれないと思い始めたものの、まだ決心はついていないそうです。ただ、彼は少し前から師範の免許を持つ母に生け花を習い始めました。いつかどこかのショーウィンドウで、彼の飾った花を見る日が来るのではないでしょうか。

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